青空の下、君を思う
嫌になるぐらい澄みきった青空の下、誰も居ない屋上で川瀬立人は空を睨み付けていた。 もっとも、別に空が憎いわけでもなんでもない。 ただ、そこに映る立人にしか見えない幻の少女の顔がこんな顔をさせるだけだ。 たった数日前まで、伏姫の転生として自分たち八犬士の中心にいた少女 ―― 桐沢結奈の顔が。 それも空をスクリーンに何度も蘇るのは、彼女の明るい笑顔ではなく、凍り付いた表情。 「・・・・ちっ」 ガシャンッ 乱暴に舌打ちをして、立人は金網に背中をぶつけるようにしてよりかった。 長身の立人にぶつかられてフェンスが悲鳴を上げるのも気に入らない。 (・・・・ばかばかしい。) 少し前、そう、八犬士などと呼ばれるようになるまでは他人の事で頭を悩ませる事などなかったというのに。 振り払うように空を見上げた立人の目に白い雲が映る。 それを目で追いながら、ふと前にもこんな事があったと思い出す。 その時は、飼葉に八犬士を見つけるためのリスト作りを手伝わされて、少しばかり傷心していた時だった。 なんでこんな事をしているんだ、と考えていた時に急に・・・・ 『何してるの?』 「っ!」 はっとして、立人は周りを見回し・・・・それから忌々しげに髪を掻き上げる。 (来るわけがねえ・・・・) 八房を封印したと思った直後の騒ぎを思い出して、立人は顔をしかめた。 あの時、校長室で八尋の母親から出生の事実を伝えられた時の結奈の顔が頭から離れない。 『私は香澄の身代わりだったって事・・・・?』 茫然として自分で言った言葉に、たぶん一番傷ついたのは結奈だっただろう。 自分の両親が実の子を護るために咄嗟に子どもを入れ替えたなど、入れ替えられた側の子どもにしてみれば親だと信じていた人間に裏切られた事になるのだから。 まして、予定通り結奈は危険にさらされ伏姫として戦い、最後の最後で香澄に立場を奪われてしまった事になる。 泣いていいのか、怒っていいのか分からないという顔を結奈はしていた。 酷く傷ついた困惑しきった表情を見た時、一瞬、この事実を引っ張り出してきた飼葉を殴り飛ばしたくなった。 結奈にこんな顔をさせるぐらいなら、八房を封印したのが誰だって構わないじゃないか、と。 だから結奈が耐えきれなくなったように校長室を飛び出した時、迷わず追いかけた。 それでも結局は、人を励ます事など考えた事がなかった立人は上手い言葉も見つからず追い打ちをかけてしまっただけだったけれど。 ―― それっきり、結奈は八犬士の前に姿を見せなくなった。 学校に来ているというのは香澄に聞いて知っているが、校内で姿を見ることは滅多になくなった。 生徒会室に来ないことはもちろん、他の八犬士達も姿を見ないと言うほどだから、間違いなく結奈が避けているのだろう。 飼葉の呼びかけで相変わらず香澄を中心に八犬士は集まっているが、それでも皆表情は冴えない。 器用な奴は香澄にそれを悟らせない程度には隠しているが、袴田などは目に見えて沈み込んでいる。 それでも結奈ではなく香澄が伏姫の転生で在ることがわかったなら、彼女を護るのが八犬士の役目・・・・そう言われるほど、立人には馬鹿馬鹿しくなった。 己の主もわからなかったくせに、今まで護っていたのは伏姫ではなくて本物が別にいたからそっちを護らないといけないなんて、何が護り手だ。 (だいたい、俺は・・・・) 「・・・・別に俺はテメエが伏姫だから護ってたわけじゃねえ。」 伏姫が結奈だから、関わりを持つ気になっただけだ。 確証もないくせに、立人を助けるために校長室に飛び込んでくるような奴だから、関わってもいいかと思っただけ。 そんな結奈が命の危険にさらされているというのなら、護ってやってもいいかと思っただけにすぎない。 (俺は一度も『伏姫』を護るなんて言ってねえぜ。) きっと結奈は気が付いていないだろうけれど。 「・・・・あの、馬鹿」 毒づいて、立人は眼帯に隠れていない方の目も瞑った。 もう、何日、結奈に会っていないだろう。 いつも楽しそうに笑って無愛想な立人や塚野に絡んでいた結奈。 笑顔を思い出そうとしても、焼き付いた泣きそうな顔ばかりが浮かんでしまう。 「・・・・チッ」 舌打ちして立人は立ち上がった。 いい加減に、あんな結奈の表情ばかり繰り返されるのはごめんだ。 それなら、もう一度結奈の笑顔を見るしかない。 ・・・・その為には、信じられないぐらい自分には合わない事で頭を悩ませなければならないこともわかっているけれど。 それでも、無理してでも結奈の笑顔が見たいと思っている事自体がどうかしているのだからしかたない。 立人は心底うんざりしたようにため息をついて立ち上がった。 再び空を仰いで、立人はそのスクリーンに映った結奈を睨み付ける。 「・・・・かまいたいとか抜かしたのはテメエだぞ、桐沢。今更、嫌だとか言わせねえからな。」 小さな立人の呟きは、誰の耳にも届かずに青い空に吸い込まれるように消えていった。 〜 終 〜 |